2位じゃダメなんですか?メリー・ポピンズ リターンズの歌詞「一番すごい人」

お直しレベル:中(ほどほどの長さの記事です)

今日の気になる訳詞

映画メリー・ポピンズ リターンズの “Introducing Mary Poppins”(邦題:メリー・ポピンズ 舞台へ)より。

ロイヤルドルトン・ミュージックホールの舞台で、メリー・ポピンズを紹介しようとするジャックが

The one, the only, Mary Poppins

と言います。

日本語では

一番 すごい人 メリー・ポピンズ

になっていますが、ちょっと違和感があります。

 

“the one, the only”の意味

“the one, the only”や “the one and only”はよく使われる慣用句で、「唯一無二の」と訳すのが定石です。

やや硬い表現とはいえ、仰々しく挨拶しているこのシーンの雰囲気にも合っているので「唯一無二の」で全く問題ないと思いますが、なぜか「一番すごい人」と訳されています。

言うまでもないことですが、「唯一無二の」この世でただ一つのかけがえのない存在のことを指すのに対し、「一番すごい人」最も優れている人を指します。

某元国民的アイドルグループの歌の表現を借りるなら、「オンリーワン」と「ナンバーワン」といったところでしょうか。

いずれにしても、両者は全く異なる意味を持ちますよね。

 

もちろん訳詞ですから、意味が多少違っていたとしても、大筋に問題なく違和感がなければ良いのですが、この場合はそういうわけでもないような…

メリー・ポピンズは確かに皆に愛される素晴らしい魔法使いですが、彼女を捕まえて「最も優れている」と評価するのも、そもそも人に優劣があるような表現をするのも、この作品にはそぐわないように思います。

また、「一番すごい人」はやや幼稚っぽい言葉で、物々しくメリーを紹介しようとする雰囲気に合っていない気がします。

訳詞の制作段階で「唯一無二の」もきっと検討されていたのだと思いますが、意味と語感を大きく損ねてまで「一番すごい人」が採用されたのには理由があるのではないかと思い、考えてみました。

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「一番すごい人」になった理由(想像)

この作品の訳詞をされた高橋亜子さんのツイッターによると、リップシンク(唇の動きと音を合わせること)が大変に難しく、これがなかったら全然違う歌詞になるなぁと思った曲もあったそうです。

YouTubeに公式の動画があったので、拝借して唇の動きを見てみると…

A Cover Is Not the Book (From "Mary Poppins Returns")

出典:DisneyMusicVEVO A Cover Is Not the Book (From “Mary Poppins Returns”)

動画開始後すぐ、5秒あたりで “the one”と言うジャックがアップになっており、唇の動きがよくわかります。

そのため、訳詞でも原文と同じ[an]という響きを含む言葉を選ぶ必要があったのかもしれません

“the only”の部分は引きの映像で唇の動きは目立ちませんし、それに対応する「すごい人」もリップシンクを意識している感じはありません。

しかし、[an]の響きという制約があるだけで、使える言葉はかなり限られてきますし、「唯一無二の」なんて論外になりますね。

 

それならしょうがない、と思いたいところですが、やはりどうしても「一番すごい人」に対する違和感を拭いきれません…

そもそもこの映像に「唯一無二の」を当てると本当にリップシンクが乱れてしまうのか、考えてみました。

 

「唯一無二の」はリップシンクできるか?

映像のジャックは “the one”と言った後に口をしっかり閉じています

oneの口

しかし、 “one”の最後の[n]の発音は、もともと口を閉じません

下図は人の顔を横から見た断面図で、[n]の発音をするときの唇や舌の配置を示しています。

nの発音

本来は閉じない口を閉じているのは、 “the one”を言い終わってから “the only”を発するまでにしっかり「タメ」を作って、もったいぶったような言い方をしているからだと思います。

 

一方、「唯一」の後に「無二」を発音するためには、「唯一」「無二」の間で必ず一回口を閉じる必要があります

この点に注目して、映像でジャックが口を閉じているのは「無二」の「む」を発音するための「タメ」だと考えてみます。

つまり、「ゆいいつぅ……むにの!」のような発声のイメージです。

そうすると、

“the one”“the only”の間で「タメ」て口が閉じる

ことと

「唯一」「無二」の間で「タメ」て口が閉じる

ことをリップシンクと考えることができるのではないかと思います。

 

さらに、

“the one”の[wʌ]の発音で口が(少しだけ)横に開く

ことと

「唯一」の「い」の発音で口が横に開く

ことも、リップシンクと言えなくもない気がします。どの程度完璧なリップシンクを求めるかにもよると思いますが…

 

これら2つのリップシンクが成立していることを前提に、先ほどの映像をもう一度見てみると…

A Cover Is Not the Book (From "Mary Poppins Returns")

口の動きと言葉がバラバラだという印象は、そこまで受けないような気がします。

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訳詞のお直し

以上のことから、やはり

唯一 無二の メリー・ポピンズ

を推したいと思います。

 

まとめ

今回のお直しのまとめです。

まとめ

今回検討したリップシンクの事情はあくまでも私の想像なので、訳詞「一番すごい人」が採用された背景には違う理由があるかもしれません。

また、いくら上記のように「リップシンクしてる!」と主張したところで、[an]が合っていなければ駄目だと一蹴されるなんてこともあるのでは…

本当に大変なお仕事だなあとつくづく思います。

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