今日の気になる訳詞
ウィキッドの “For Good”(邦題:あなたを忘れない)より。
グリンダが歌う
と、エルファバが歌う
は、共に
私を変えてくれたの
と続き、「お互いがお互いと出会ったことで、以前の自分から変わることができた」ということを、主に自然のものに例えて伝え合う大変美しい歌詞です。
原文とその直訳
原文である英語歌詞がどうなっているのか、見てみると…
グリンダは次のように歌っています。
ざっと日本語訳すると、このような意味です。
森を抜ける途中で 大きな岩に当たる小川のように
エルファバは次のように歌います。
日本語ではこのような意味になります。
空飛ぶ鳥が 遠くの森に落とす種のように
訳詞と原文の違い
訳詞も原文も、自分と相手を自然のものに例えて、相手と出会ったことで自分が変わったということを示している点は共通しています。
ただ、次のような違いがあります。
違い1
訳詞でグリンダが歌う「小舟をいざなう 風のように」「花の種はこぶ 鳥のように」は、原文ではエルファバが歌っている。
違い2
訳詞でエルファバが歌う「せせらぎを分かつ 岩のように」は、原文ではグリンダが歌っている。
違い3
訳詞でエルファバが歌う「砂の山ながす 波のように」は原文には存在せず、代わりに「恒星の近くを通るときに 軌道からそれる彗星のように」という意味の歌詞をグリンダが歌っている。
まとめると、
ということになります。
原文の狙い
原文の内容をもう少し詳しく見ていきます。
グリンダが歌う
森を抜ける途中で 大きな岩に当たる小川のように
において、「恒星」と「岩」はエルファバの、「彗星」と「小川」はグリンダの例えです。
これらの例えは、
一方、エルファバが歌う
空飛ぶ鳥が 遠くの森に落とす種のように
において、「風」と「鳥」はグリンダの、「舟」と「種」はエルファバの例えです。
これらの例えは、
訳詞の問題点
これを踏まえたうえで訳詞に戻ります。
下図に示すように、グリンダの訳詞は例えの内容がグリンダとエルファバの性質と一致していません。
エルファバの訳詞はというと、下図に示すように例えの内容に統一性がありません。
一見すると美しい訳詞ですが、完璧な対応関係を示し「出会ったことでどのように変わったか」まで表す原文と比べると、少し物足りなさを感じます。
訳詞ではなぜ対応関係が崩れたのか?
あくまでも想像ですが、原文の対応関係が訳詞に反映されなかった理由を考えてみます。
理由1
グリンダの歌詞の「恒星」と「彗星」を使うには文字数が足りなかった?
理由2
その代案が「恒星」と「彗星」の対応関係とは異なる「砂の山ながす波」となったので、他の部分も対応関係を維持する必要がなくなった?
理由3
その結果、語感を優先して歌詞が割り振られた?(グリンダが「花の種」や「鳥」と言った方が彼女の可愛らしい雰囲気に合うなど)
訳詞のお直し
今の訳詞でも十分素敵ですが、原文の対応関係を知ってしまったからには訳詞でも成立させたいと思ってしまうのが翻訳者ゴコロ…
そのためには、 “Like a comet pulled from orbit as it passes a sun”と同じ対応関係を表す詞が必要です。
“Like a comet pulled from orbit as it passes a sun”に代わる詞を作る
訳詞の条件は、
の2点です。
これを基に考えてみると…
まず、「恒星」と「彗星」の関係の肝となる「引力」に着想を得て、月の引力によって潮が満ち引きする様子から
が浮かびました。が、わかりにくいですし、「海」は動的な印象を与えない気がします。どちらかと言うとどっしりして「大きくて不動のもの」に近いイメージがあるような…
降り続く雨が海に吸い込まれてその一部になる様子から
…これもわかりにくいですし、雨が海の一部になるのは「動きを変える」とは違う感じがします。
光が海面に反射してキラキラと輝く様子から
…今までの中では一番良いような?
情景が浮かびやすいですし、「まっすぐ進んでいた光(グリンダ)が海(エルファバ)と出会ったことで進む方向は変わったけれど、より輝きを増した」との意味を持たせることもできる気がします。
お直し結果
この詞をグリンダの歌詞に挿入してみると…
せせらぎを分かつ 岩のように
となりますが、「陽の光散らす」は「陽の光を散らす」の「を」を省略した形なので、「を」が省略されていない「せせらぎを分かつ岩のように」を先にした方が構造的に良さそうです。
そのため、
とお直ししてみました。
まとめ
今回のお直しのまとめです。
新しく加えた「陽の光散らす 海のように」によって、原文の対応関係を損なわずに「どのように変わったか」まで示唆する歌詞にすることができました。
ただ、「これしかない!」と思えるようなしっくり来る歌詞だとは思えないので、今後も引き続き考えてみようと思います。
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