ジーザス・クライスト=スーパースターの素敵な日本語歌詞3選

お直しの記事ばかりだと「文句しか言わないヤツだな」と思われそうなので、たまには好きな訳詞についても書こうと思います。

今日の素敵な訳詞

ジーザス・クライスト=スーパースターの 「スーパースター」より。

彼方の世界からユダがジーザスに呼びかける

気を悪くしないでくれ

と、ソウル・ガールによるコーラス

ジーザス・クライスト ジーザス・クライスト

誰だ あなたは誰だ

ジーザス・クライスト スーパースター

あなたは自分のことを

ジーザス・クライスト スーパースター

聖書のとおりと思うの

色々な意見があると思いますが、私はこれらの訳詞がとても好きです。

以下、原文と照らし合わせながらそれぞれの訳詞が如何に素敵かを紹介します。

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「気を悪くしないでくれ」の素敵ポイント

この訳詞の原文は

Don’t you get me wrong

であり、直訳すると

私のことを誤解するな

という意味です。

「気を悪くしないでくれ」は意味的には「誤解するな」と異なるものの、ただの「作詞」に甘んじているわけではありません。※ここでの作詞とは、文字数の問題等で無難な日本語が割り当てられ、原文の意図が無残に失われることを指します。

むしろ、原文の意味を踏まえた上でさらに発展させ、日本語の歌詞として上手く落とし込んでいるように思います。

この後に続く歌詞「考えを知りたいだけ」との組み合わせにより、「ユダによるジーザスへの問いかけの意図を誤解することによって気を悪くしないでくれ」という感情の流れをスムーズに理解できるからです。

また、「気を悪くしないでくれ」からは死後の世界からジーザスを見下ろす(見上げる?)ユダの飄々とした雰囲気がジワジワと伝わってきますし、自分がしでかしたジーザスへの裏切りに対するエクスキューズを求めているようなニュアンス、さらには、そのようなことを求める自分を嘲るかのような、敢えておどけたような響きまでも感じ取れるように思います。

 

これに重なるソウル・ガールのコーラスの歌詞がまた良いんですよね。英語ではユダと同じ “Don’t you get me wrong”ですが、訳詞は

傷つけてごめんなさい

となっています。

これは上述した「ユダによるジーザスへの問いかけの意図を誤解することによって気を悪くしないでくれ」の続きのような役割も担っていて、「気を悪くしないでほしいけど、でも実際傷ついちゃうと思うからそれはゴメン」のような繋がりが感じられます。なんともシュール…

英語版のようにひたすら “Don’t you get me wrong”を繰り返すのもカッコイイのですが、コーラスを活かして観る人の想像力を掻き立てるようなストーリーを構築した日本語版もとても素敵。

個人的にはこの部分に関しては訳詞の方が好きかもしれません。

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「誰だ あなたは誰だ」の素敵ポイント

この原文は

Who are you? What have you sacrificed?

であり、直訳すると

あなたは誰だ?あなたは何を犠牲にしたのか?

となります。

訳詞では “What have you sacrificed?”の部分がまるごと削除されているんですね。

“sacrifice”には「神への生贄とする」という意味もあり、実際にジーザスの死を神への究極の生贄とする考え方もあるようです。

突き詰めて考えると泥沼に嵌りそうな(実際に嵌った)意味深なフレーズですが、言わんとすることは「ジーザスは何のために死んだのか?」ということでしょう。

これは作品全体を通して描かれるテーマであり、誤解を恐れずに言えば「敢えて明言するまでもない問い」であり、さらには「ジーザスは何者なのか」という問いに収束するようにも思います。

それを考えると、限られた文字数の中で “What have you sacrificed?”を潔く切り捨てた(と言うより “Who are you?”に集約させた)「誰だ あなたは誰だ」という訳詞は、シンプルなようで作品の本質を実に雄弁に語っているのではないでしょうか。

何より、一度聴いたら忘れられない語呂の良さとキャッチーな響きは、この曲を一層印象的に、この作品を一層魅力的にし、再演ごとにチケットを必死で押さえる巡礼者を大量に生み出すことに成功しています(無論私も例外ではありません)

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「あなたは自分のことを 聖書のとおりと思うの」の素敵ポイント

この訳詞は原文では

Do you think you’re what they say you are?

であり、直訳すると

あなたは自分のことを彼らが言うようなものだと思うのか

という意味です。

ずらりと並ぶ英文法的重要事項…受験英語の問題に出てきそうですね。

このように代名詞や関係代名詞・単純な動詞を組み合わせる表現は英語あるあるで、心地良い語感を生むものの、日本語訳となると厄介です。

何も考えずに訳すと、ただただ冗長な、いかにも英語からの翻訳ですと言っているような文になってしまうんですよね。上の直訳然り…

その点、

they (彼ら)=ジーザスを崇める者たち=彼らが記したキリスト教の正典「聖書」

という関係を基にスッキリと整理された「あなたは自分のことを 聖書のとおりと思うの」は、巧いな~と思わせる訳詞です。

また、ずっと「一人の青年としてのジーザス」のリアルな物語を展開してきた中で突如発せられる「聖書」という「よそ行き」の言葉は、原文が示唆する「青年としてのジーザス」と「神の子としてのジーザス」の対比をより色濃く映し出します

意訳は意訳でも、原文の角が取れて丸くなったような生ぬるい訳詞ではなく、角がより研ぎ澄まされたような素晴らしい訳詞だと思います。

私も翻訳者として、こんな仕事をしたいものですが…いやはや言うは易しです。

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