今日の気になる訳詞
映画メリー・ポピンズ リターンズの “Nowhere to Go But Up”(邦題:舞い上がるしかない)より。
自分だけの風船を選んで次々に空に舞い上がって行く人々の中で、一人だけ飛べない元頭取ウィルキンズに向けて風船売りが
と語りかけます。
その訳は
となっていますが、これは誤訳ではないでしょうか。
曲の中で繰り返し歌われる“nowhere to go but up”というフレーズは、直訳すると「上以外に行くところがない」という意味です。
これに対応する「舞い上がるしかない」という訳詞は、曲全体の高揚感と幸福感を的確かつ詩的に表していますし、音にもぴったりと合っていてとても素敵だと思います。
問題のシーンで風船売りが発する“Well, nowhere to go but up”は、同じフレーズでもニュアンスが他の部分と異なっています。
ニュアンスの違いを汲んで訳し分けた結果が「あら 舞い上がるしかないもんなんだけど」なのですが、そのニュアンスの解釈が誤っているのではないかと思います。
そう考える理由は3つあります。
理由1
「あら 舞い上がるしかないもんなんだけど」はかなりネガティブな響きを持ち、「舞い上がるしかないもんなんだけど、あなたはやっぱり舞い上がれないのね」というようなニュアンスを含んでいます。
ちなみに字幕版でもこの部分は「だめなようね」と訳されており、ネガティブさがさらに強調される格好となっていました。
しかし、私はこのセリフはネガティブどころかポジティブな意味合いを含んでいると思います。
ウィルキンズはこの映画におけるvillain(悪役)ですが、バンクス一家から家を取り上げようとする企みが露見し、頭取の座を追われた時点で罰を受けています。
メリー・ポピンズという愛と魔法と人生の教訓に満ちた作品で、失脚した悪役にさらに追い打ちをかけて突き放したまま物語を終えるようなことをするとは思えません。
理由2
風船売りの声色は決してネガティブな印象を与えるようなものではなく、むしろウィルキンズを励ましているような、カラッとした明るい響きをはらんでいます。
“Well, nowhere to go but up”と言われたウィルキンズが、残念そうに、羨まし気に、でも少し清々しい様子で空を舞う人々を見上げる表情からも、ネガティブな言葉をかけられたとは到底考えられません。
理由3
前述のように、「あら 舞い上がるしかないもんなんだけど」は「舞い上がるしかないもんなんだけど、あなたはやっぱり舞い上がれないのね」という、言外の意味を含むセリフです。
英語の音声学的には、「~だけど…」という含みを持たせるようなニュアンスを表す時は「下降上昇調」というイントネーションが使われます。
一度下がって(下降)最後に上がる(上昇)というイントネーションのことで、図にするとこのような感じです。
しかし、実際にはこのセリフのイントネーションは「下降調」で終わっています。
「下降調」のイントネーションは「完結」や「断定」の意味を表すため、「舞い上がるしかないのよ」などのニュアンスで理解するのが自然です。
訳詞のお直し
以上のことから、“Well, nowhere to go but up”は「(どん底まで落ちたら)上しか行くところがない」、つまり「後は上がるだけ」という救済の言葉だと解釈するのが適切ではないかと思います。
これを鑑みて、
とお直ししてみました。
「落ちるところまで落ちて、後は上がるだけ」というニュアンスをそのままに、基本の「舞い上がるしかない」と韻を踏ませています。
まとめ
今回のお直しのまとめです。
お直し後の「まあ、這い上がるしかないわね」は「舞い上がるしかない」をベースにした表現としてはなかなか上手くいっていると思います。
ただ、欲を言えば原文のように、繰り返し歌われる“nowhere to go but up”と“Well, nowhere to go but up”を全く同じ言葉で表現できれば、もっとしっくりきそうです。
これについては追々考えることにします。
コメント
映画館で3回観た時に何となくひっかかってて、DVDで改めて観まして、やはりなんか違和感が。
ググってこちらのページに行き着きましたが、こちらの訳のほうが納得できます!後味がいいです。
ありがとうございます∩^ω^∩
コメントありがとうございます!
同じように感じていた方がいらっしゃるなんて嬉しいです。お褒めの言葉、励みになります。
私はDVDは見ていませんが、DVDで修正されているといいなと思っていました。そのままだったんですね。情報ありがとうございます^^