クリスティーヌが本当に見せたかったものとは?オペラ座の怪人の歌詞「今見せてあげる私の心」

お直しレベル:中(ほどほどの長さの記事です)

今日の気になる訳詞

オペラ座の怪人の “Down Once More/Track Down This Murderer”(邦題:怪人の隠れ家)より。

ファントムから選択を迫られたクリスティーヌが

絶望に生きた

哀れなあなた

今見せてあげる

私の心

と歌い上げてファントムにキスをする、物語のクライマックスとなるシーン。

今日はこの歌詞の中から

私の心

について考えてみたいと思います。

この原文は

You are not alone

で、直訳すると「あなたは独りではない」ですから、訳詞とはまったく異なりますね。

どのような文脈で“You are not alone”が使われているのか、上に引用した歌詞に対応する原文を見てみると…

Pitiful creature of darkness(哀れな闇の生き物)

What kind of life have you known?(どんな人生を送ってきたの?)

God give me courage to show you(神様、どうか私に勇気をお与えください)

You are not alone(あなたは独りではないということを示すための)

※カッコ内は筆者による直訳

“You are not alone”も訳詞「私の心」と同じように、クリスティーヌがキスによってファントムに示そうとしていることだとわかります。

「ファントムが独りではないということ」を「私の心」と表現するのは好みの分かれそうな大胆な意訳ですが、私自身はこの訳詞が結構好きです。

ただ、次の理由から少し改善の余地があるのではないかと思っています。

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理由1

クリスティーヌがファントムに“You are not alone”と伝えたのには意味があります。

曲を遡って “The Point of No Return”の最後、ファントムがクリスティーヌに

Say you’ll share with me(私と分かち合うと言ってくれ)

One love, one lifetime(一つの愛、一つの人生を)

Lead me, save me from my solitude(私を孤独から連れ出し、救ってほしい)

※カッコ内は筆者による直訳

と歌います。

クリスティーヌの“You are not alone”は、「孤独から救い出してほしい」というファントムの切実な心の叫びへの応えなのだと考えられます。

 

ちなみに、この歌詞は “All I Ask of You”でラウルがクリスティーヌに歌った

Then say you’ll share with me(それならば、私と分かち合うと言ってくれ)

One love, one lifetime(一つの愛、一つの人生を)

Let me lead you from your solitude(君を孤独から連れ出させてほしい)

※カッコ内は筆者による直訳

のリプライズでもあります。

ファントムだけではなく、クリスティーヌもまた「孤独」だったのですね。

音楽は言わずもがな、人間の暗く悲しい部分でも共鳴し合うものがあったからこそ、ファントムとクリスティーヌは互いに引き付けられてやまなかったのかもしれません。

 

「孤独」はキーワード

 

理由2

「今見せてあげる 私の心」からの熱烈キスだと、いらぬ誤解を招いてしまう可能性が高いのではないかと思います。

例えば、「クリスティーヌは本当はラウルよりもファントムが好きだったのに、ほとぼりも冷めぬうちにラウルと愛の歌を歌いながら去っていく、フラフラしているメンヘラ女だ」というような…

私も含めてこの作品を愛する人にとっては信じられないような話ですが、実際に私の周りで何人かからこの感想を聞いたので、もしこのような印象を受ける人が一定数いるとしたら割と深刻な問題ではないかと思います。

ウィキッドの「生まれて初めて、幸せ」についての記事でも述べたように、解釈の余地を残した歌詞にするのは大切なのですが、それによってミスリードを誘っては元も子もありません。

特にここでの“You are not alone”は上述のような重要な意味を含んでいます。

「私の心」という歌詞自体は素敵だと思うのですが、クリスティーヌの名誉のためにも、ここでは原文を尊重した方が良いのではないかと思います。

 

余計な誤解は避けたい

 

訳詞のお直し

以上のことから、

独りじゃないわ

とお直ししてみました。

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まとめと課題

まとめ

今回のお直しのまとめです。

お直しのまとめ

「私の心」「独りじゃないわ」とお直ししたことで、クリスティーヌのキスの意味について余計な誤解を生むことはなくなるのではないかと思います。

ただ、依然として課題があります。

課題1

日本語歌詞として直観的に素敵だなと感じられるのは、やはり「私の心」の方ですね…

「独りじゃないわ」には「じゃ」という濁音が入っていて響きが良くないことや、音楽的に一番盛り上がる最後の3音にコアとなる言葉が充てられていないこと(原文では“not alone”、訳詞では「心」に対して、お直しでは「ないわ」など、理由は色々と考えられます。

また、

絶望に生きた

哀れなあなた

今見せてあげる

に続く歌詞としても座りが悪い感じがします。

「孤独」というキーワードを取り入れることとミスリードを防ぐことに重点を置いた、応急処置感の強いお直しになりました。

“You are not alone”というワンフレーズだけではなく、上にも示したクリスティーヌの歌詞

Pitiful creature of darkness(哀れな闇の生き物)

What kind of life have you known?(どんな人生を送ってきたの?)

God give me courage to show you(神様、どうか私に勇気をお与えください)

You are not alone(あなたは独りではないということを示すための)

※カッコ内は筆者による直訳

を包括的に考える必要がありそうです。

 

課題2

“You are not alone”は、上述したように「孤独から救ってほしい」というファントムの願いへの回答であり、無機質な言い方をすれば伏線の回収です。

そのため、そもそも伏線を張らないことには意味を成さないのですが、現行の伏線部分の訳詞は

どんな時でも 二人の誓いは

決して変わらないと

となっており、「孤独から救ってほしい」というメッセージは入っていません。

もちろん、英語歌詞の要素を何でもかんでも取り入れていると文字数が足りなくなってしまうのですが、実はファントムが自身の素直な心情をクリスティーヌに吐露するという場面は作品全体を通してとても少ないんですよね。このシーンと最後の“I love you”くらいと言っても過言ではないと思います。

そんないじらしいファントムの気持ちを、日本語でも大切にしてあげたいなあと思ってしまいます。

さらに、上述したようなラウルの歌のリプライズとしての機能も持たせようとすると、かなりの大工事になりそうですね…ゆっくり考えてみることにします。

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